Sunday, May 17, 2020

「食べる」ってつまり、「世界を受け入れる」ってこと。(好書好日) - Yahoo!ニュース

『 スプーンですくって口に入れると、じゃがいもは、ほっくり。玉ねぎは、とろおり。にんじんは、さくっ。アサリはぷりっ。アルファベットのかたちのパスタが舌の上で愉快なメロディを奏でているみたい。「なんとまあ、すばらしいチャウダーだこと! ハーブやスパイスが絶妙のバランスね。トゥインクル、トィンクル、リトルスター。ポンポン、ワタクシのたいせつなコックさん。あなたは、きら星亭のスターよ」『パンダのポンポン 夜空のスター・チャウダー』より』  今回ご紹介する作品は、食べることも作ることも大好きな食いしんぼう(仲間♪)のパンダ「ポンポン」が活躍する「パンダのポンポン」シリーズ(既10巻)です。作者の野中柊さんに、シリーズ8作目の『夜空のスター・チャウダー』に登場するメニューや、ご自身の「食いしんぼう」エピソードなどもうかがいました。

「みんなで食べる喜び」を作品で味わってほしい

―様々な動物の中から、パンダをコックさんにした理由を教えてください。  この作品には、ポンポンと大の仲良しの黒白猫のチビコちゃんが登場しますが、実は彼女は、私の愛猫がモデルなんですよ。もちろん、チビコちゃんを主人公にすることも考えましたが、そうすると愛があふれすぎて、物語がデレデレになりそうだったので、あえて脇役にすえました。それで、チビコちゃんと「兄と妹のように仲良しの誰かさん」を主人公にすることにして「同じ黒白の生きものは?」と思いついたのが、ペンギンやサメ、パンダで、その中のどれにしようかな?という感じでした。結局、パンダに決定したのは、食いしんぼうのコックさんという設定にふさわしいように思ったからです。それに、パンダって中国語では「大熊猫」って書くでしょう? チビコちゃんは「小熊猫」といった雰囲気の子だから、まさしく「兄と妹」みたいでいいかな、と。 ―作中に出てくるお料理は、どれも野中さんが考案されているそうですね。  自分の好きなもの、食べたいものを心の赴くまま、食欲にかられつつ書いています。私、食べているシーンを書くのが大好きなんですよ。楽しくて止まらなくなってしまうんです。カレーライスやオムレツ、グラタンにお寿司、ギョウザやアイスクリーム、ドーナツなど、おなじみの料理の描写をすれば、子どもたちも自分の身に引きつけて、物語を味わってくれるんじゃないかな、と思っています。本のページをめくりながら、ポンポンたちと一緒に、わいわい賑やかにそのお料理を食べているような、心弾む時間を過ごしてもらえたら幸せです。  その一方で、チョコレートフォンデュやパエリヤなど、もしかしたら食べたことがない子どももいるかもしれないけれど「どんな味がするんだろう?」「こんな味かな? あんな味かな?」と思いきり想像力を働かせるのも、読書の醍醐味ですよね。 ―「本に出てくる食べ物を想像する楽しさ」は、まさにこの「食いしんぼん」のテーマとしていることなので、その楽しさ、私もよく分かります!それに、ポンポンは自分が作ったものをみんなが喜んで食べていることを楽しんでいますよね。自分だけではなく、いつも「誰か」と一緒に食べることが、ポンポンの一番の喜びなんだな、と本作を読んで感じました。  この作品には、ポンポンの料理が大好きな仲間たちが登場します。クジャクやコアラ、カバ、ヤギ、キツネ、ヘビ、キリン……ちょっとワガママで言いたい放題の、キャラの立った面々です。そのみんなが「レストランきら星亭」に集まって、食べること、しゃべること、笑うことを大切にして暮らしている。料理って「誰と」「どんなふうに食べるか」で味が違ってきますよね。大好きな人たちと笑いながら食べたら、特別なものじゃなくても、特別に感じられる。それこそ、幸せの味になると思います。そのことを、この物語から感じていただけたら嬉しいです。  もちろん、みんなで集まって食べることが難しい時もありますよね。でも、そんなときこそ、子どもたちには、作品の中で「みんなで食べる喜び」を味わってほしいと思っているんです。物語の中で経験したことって、現実の世界で経験したことより、いっそうリアルに心に残って、辛い時や悲しい時、不安な時に子どもたちを励ます力になるって、私は信じています。 ―シリーズ8作目の『夜空のスター・チャウダー』では、動物たちがパジャマ・パーティーを開き、楽しい一日を過ごします。そのお夜食にポンポンが作ったのが「アルファベットパスタのチャウダー」です。私も、アルファベット型のクッキーやパスタを使ったメニューがあると、つい作中の動物たちのように自分のイニシャルを見つけて、嬉しくなっちゃいます(笑)。  「誰かの大きなおうちに友達と集まって、パジャマ・パーティーを開いて、夜更かしをして遊びたい!」というこのシチュエーションって、私の子ども時代の夢なんですよ。「みんな、どんなパジャマを着てくるかな?」とか「きっとお腹が空くから、お夜食には何がいいかな?」と考えたら「そうだ。アサリと野菜がたっぷりの、アルファベットの形のパスタが入ったミルクの風味が優しいチャウダーが食べたいな!」と思いついたんです。  そもそも、このお話に限らず、本シリーズでは、私が子どもの頃にしてみたかったこと、憧れていたことをストーリーにして書いているように思います。作品の中で、私自身忘れかけていた子どもの頃の夢や憧れが実現していくのが嬉しいんです。 ―ポンポンに登場したメニューの中で、野中さんが一番食べたいものは何ですか?  私も食いしんぼうなので、一つだけ選ぶのは難しいですね……。世界一のコックさんのポンポンが作るオムライスやレモンメレンゲパイも、ぜひとも味わってみたいところですが、「ぱりっかりっドラゴン・ギョウザ」(『夜空のスター・チャウダー』収録)に登場するレッサーパンダが作るギョウザや、「おさかなバトル」(『クッキー・オーケストラ』収録)に登場するサメが握るお寿司も美味しそうだな、食べてみたいな、と思いながら書きました。 ―ご自身の「食いしんぼう」エピソードがありましたら教えてください。  私、子どもの頃は好き嫌いがすっごく多くて、食が細くて母親を困らせていたんですよ。給食の時間も苦手だった私にとって、食事ってほとんど苦行だったから「三度の飯より~が好き」という言い回しについて、意味が分からなかったんです。「三度の食事より、ほかのことのほうが全然楽しいでしょ?」と本気で思っていました。それでいて、物語の中の「食べるシーン」は大好きだったので、ちょっと変わった子どもだったのかもしれません。その後、成長するにつれてだんだんと偏食を克服して、いつの間にやら、すっかり食いしんぼうになって、今では嫌いな食べ物は数えるほどしかありません。  「食べる」って、つまり「世界を受け入れる」ってことなんだな、と実感しています。食べものと一緒にこの世界を咀嚼して、飲みこんで、自分の心やからだの栄養にしていく。食べること、生きることを楽しめるようになって、本当によかったと思っています。 〈野中柊さんプロフィール〉 1964年生まれ。立教大学卒業後、ニューヨーク州在住中の91年に「ヨモギ・アイス」で海燕新人文学賞を受賞して作家デビュー。小説に『小春日和』(集英社文庫)、『波止場にて』『猫をおくる』(いずれも新潮社)など、エッセイ集に『きらめくジャンクフード』(文春文庫)など、童話や絵本に『ヤマネコとウミネコ』『本屋さんのルビねこ』シリーズ(いずれも理論社)、『こねこのビスケット』(ポプラ社)、『紙ひこうき、きみへ』(偕成社)など著書多数。 (文:根津香菜子)

好書好日(朝日新聞)

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