※この記事の取材は2019年12月に行いました。
富山県には「ハクビシン鍋」を提供する店があるらしい。
え!? ハクビシンだと……?
ハクビシンとは、ネコ目ジャコウネコ科に属する哺乳動物。
体長は大人では90~110cmくらい、しっぽが40cmくらいと長く、額から鼻にかけて白い線があるのが特徴だ。検索するとアライグマ似で、目がクリっとしていて、見た目は可愛らしい。
しかし見た目とは裏腹に、糞尿、騒音、農作物被害……と、人間に及ぼす悪影響も大きいという。トウモロコシ、柿、桃、梨、みかんなど、畑作物も果樹も容赦なく食い荒らすようだ。
そのハクビシンを捕まえて鍋にする料理店が、富山県内にあるという。ジビエ料理を提供する店でも、熊やイノシシ、キジなどはあってもハクビシンは聞いたことないぞ!?
いざ、山奥の郷土料理店へ
その店は、「合掌造り集落」でも知られる富山県西部・五箇山の山奥にある。
2019年12月。富山市から車を走らせ、北陸自動車道を経由して約40分。南砺(なんと)市へ。
飛騨高地の山々へ向かって車を走らせる。
五箇山トンネルを抜けると、周りは雪景色に一変。
「五箇山づくし・豆腐料理」と書かれた看板を発見した。
近づいてみると、小さい看板には筆書きで「くまつけそば」「くま鍋」と書かれている。
庄川上流に位置し、近くにはダムが見える。
富山駅から2時間弱かけて到着。こちらがマタギ猟師が営む郷土料理店「味処 高千代」である。
五箇山づくしの「ハクビシン鍋」
早速中に入ると、店主の高桑四郎さんが仕込み作業をしていた。常連客の間では「四郎さん」の呼び名で親しまれている。
四郎さん:いらっしゃいませ! 何にする?
▲ホワイトボードには「いのしし」「しか」「くま」「きじ」などの鍋が並ぶ中、確かに「はくびしん鍋(1,500円/記事中では「ハクビシン鍋」と表記)」と書かれている
──ハクビシン鍋と……何にしようかな……?
四郎さん:写真映えなら「熊大骨煮」がいいよ。
──では、「ハクビシン鍋」と「熊大骨煮」でお願いします。
四郎さん:はい! しばらくお待ちください!
豆腐、白菜、長ネギ、ゴボウが入ったハクビシン鍋が、土鍋で持ち込まれた。
テレビやインターネットによる情報によると、熊やイノシシなどの野生動物には「獣臭」があると言われるが、このハクビシン鍋には強烈な異臭はなく、ほんの少し鼻腔に抜ける獣臭さがある程度で、(筆者的には)不快感は感じなかった。
その代わり、ほのかに木の実の香りがする。見た目と香りで食欲が湧いてきた。
厚さ1ミリ程度にスライスされたハクビシンの肉。一欠片を口に入れると、プルプルとした舌触りだ。大量の脂がじわりと舌の上で溶け出して、口の中が甘味でいっぱいになった。
脂身は多いが、まとわりつくようなしつこさはなく、噛めば噛むほどほんのりとした肉の甘みが感じられる。
鍋の汁にはハクビシンの肉のエキスが染み渡っており、地元産の長ネギや白菜は噛み締めた瞬間、汁が「ジュワ~」っと吹き出して口の中に広がる。長ネギとハクビシン肉の甘みが混ざり合った味に箸が止まらない。
豆腐は“縄で縛っても崩れない”と言われる地元名産の堅豆腐「五箇山豆腐」が使われ、箸でつかんでも確かに煮崩れしない。しっかり煮込まれた五箇山豆腐にも、ハクビシンの味が染み渡っている。
ハクビシンを味わいつくす
思わず汁ごと飲み干してしまいたい気分になるが、四郎さんは「汁は残したほうがいいですよ」と一言。+300円でハクビシン鍋の残り汁を使った雑炊を作ってくれるようだ。
もちろんお願いしてみる。
四郎さん:はいどうぞ~。
卵とじされた「ハクビシン雑炊」が出てきた。ハクビシンの肉の味が染み出た汁で炊かれたご飯で、最後まで自然のものを食べている感覚を楽しむことができる。
雑炊にして流し込むことで、舌触りも喉越しにさらに心地良さが加わった好みの味わいだ。熊やイノシシなどその他の肉を使った鍋はもちろんのこと、看板に書かれていた「くまつけそば」のつけ汁も雑炊にしてもらえるそう。
地元で狩猟されたハクビシンに、地元で採れた野菜、地元名産の豆腐と、“五箇山づくし”のハクビシン鍋。素朴ながらもコース料理のように様々な食感を味わえた。
「これはお客さんに出してもいい肉なのか?」
──四郎さんは、なぜハクビシン鍋を店で出そうと思ったのでしょうか?
四郎さん:……18年前くらい前のことかな? 「ジビエ」なんて言葉も知られてなかった頃。もともとタヌキやイタチを獲っていたから、捕まえたハクビシンでも試しに鍋を作ってみたら、意外と美味しかった。
──中国では、高級食材として食べられているそうですね。
四郎さん:当時はそれも知らなかった。しかし、これはお客さんに出してもいいものかどうか迷ったね。
そのうち、ハクビシンが「SARS(重症急性呼吸器症候群)」の自然宿主なのではないかと疑いをかけられて(※)、中国で流通が禁止された。その影響でハクビシン肉が中国国内で高騰化して、日本円にして1万円くらいになった。
※後年、キクガシラコウモリが自然宿主だったことが明らかになっている
──そんな時でも「ハクビシンの肉を食べたい」という人はいた、と。
四郎さん:そう。「ということは、向こうでは身体にいいものか美味しいものとされているに違いない」と思い、やっぱり店で出してみることにした。……お客さんに「食べてみたい」って思ってもらうまでには、当然時間がかかった。
捕まるのはせいぜい年5、6頭
──ハクビシンは有害鳥獣とされていますが、五箇山ではどのような実害がありますか?
四郎さん:畑の野菜を丸ごと取っていくのがキツい! トマト、きゅうり、ナス、メロン……ほとんどの野菜やフルーツをなくなるまで食っていきやがる。
──ひどいやつらですね……! どうやって捕まえているんですか?
四郎さん:アナグマやタヌキと同じで、半分にしたリンゴを餌に罠をかけ、餌に手をかけた瞬間、「パシャーン!」とカゴが閉まる。
──簡単に捕まるものなんですか?
四郎さん:いーやいや! やつらはめちゃくちゃ警戒心が強いから、なかなか罠にかからん。年間で5、6頭くらいかな。肉屋に売っているようなものじゃないから、なくなったらなくなったでしょうがないね。
──簡単にはいかないのですね。捕まえたらどう捌いていますか?
四郎さん:熊やイノシシと同じで、皮を剥いで、肉と骨を取って終わり。
血が出るから捌くのはいつも店の外。雪がある冬場は泥が付かないのがいいが、凍えるくらい寒い。
食品衛生上、「捌く時にはお湯を使って消毒しなさい」って言われているけど、逆なの。寒いからお湯使わないとやっていけないの。
──過酷な作業ですね。
四郎さん:取った肉は全部使う。残った皮や内臓は、綺麗な言い方をすると「自然へ返す」。悪い言い方をすれば「その辺に放っておく」。ハクビシンは血も美味いから、いろんな動物が貴重な食料として獲っていくの。
「都会のハクビシンは臭い! 不味い!」
──ところで、最近は都心にハクビシンが出没したニュースもよく耳にします。野生動物は生前に食べていたものによって味や匂いが変わると聞きますが、ハクビシンも同じですか?
四郎さん:全く同じ。人が残して捨てたものを食べる都会のハクビシンは臭い! 不味い!
人間の食べてるものにはほとんど防腐剤とか薬剤が入ってるだろ? やつらはそういうものに対する抵抗力がないから、毛が抜けて色がくすんでいたりする。
──個体ごとの美味しさを分けるポイントも「臭い」ですよね?
四郎さん:そう。フェロモンが出るのか、春と秋はダメだね。臭いのはこっちがどう頑張っても、臭くて不味い。
──では、どういった肉が美味しいのですか?
四郎さん:ドングリやブナなど草木を食べていたやつは、臭みがなくて美味い。それに冬を迎えると体に脂を蓄えるようになるから、この時期は一番脂が乗っている。あとは、どの動物もオスよりメス。
──へえ。メスの方が美味しいのですね。鍋以外でのハクビシンの調理方法はありますか?
四郎さん:熊やイノシシみたいに丼や煮込みにもできるが、一匹ごとの肉の量が少ないから鍋だけの提供にしている。
ほら、これが冷凍したハクビシンの肉!
──結構大きいですね!
四郎さん:これでも身体の半分。脂は上半身にはあまりなくて、下半身がほとんど。
捌いたらまず、脂がある下半身を真ん中にして巻く。そしたら身体を半分に切って「パタン!」と畳むと、脂のあるところとないところが被さるやろ?
──こちらを熟成させてから提供しているのですか?
四郎さん:ほとんどの動物の肉は硬いから、昔の人から教えてもらった方法で熟成して柔くし、冷凍してから出している。新鮮なものが美味しいという人もいるけど、そんなことはないな。
この辺では、昔から熊やキツネやタヌキを捕まえて食べてたから、うちとしては“ジビエ”というより“郷土料理”だと思ってる。
大迫力の限定メニュー「熊大骨煮」
四郎さん:お待ちどう! 続いては「熊大骨煮(500〜1,000円 ※値段は大きさによって変動。提供できないこともあるので要問い合わせ)」だ。
す、すごい! 長さ30㎝、直径2㎝くらいの熊の大骨がそのまま運ばれてきた。骨にくっついている肉や脂身を箸でつまみながら食べる。た、食べづらい……。
四郎さん:箸でつまみながらじゃ取れん。親指の爪でこすり落とすように食べるときれいに取れる。あと、骨の両端は口でしゃぶりながら食べるのが一番美味しい!
確かに、これならきれいに脂身まで取れる。普段は爪を使いながら食べることなどほとんどないので、新鮮な体験だ。
手羽先や骨付きチキンのようにしゃぶりついてみる。骨に染み付いた髄液には旨味がたっぷりで、一度食べ始めると止まらない。口の中に広がる熊肉の甘みが「これでもか」とばかりに食欲をそそり、爪でこすったりしゃぶり続けるのに熱中してしまう。
大骨を使うだけにどうしても数が限られ、可食部もさほど多くはないものの、とても原始的な食体験を味わった。
香港から五箇山はむしろ「近い」?
──ごちそうさまでした。四郎さんが高千代を開かれたのはいつですか?
四郎さん:昭和58年3月。それまで関西で和食料理店、食堂、寿司屋などで料理人をしていたが、親の面倒を見なくてはいけなくなって五箇山へ帰郷した。
就職しようかとも思ったけど、地元で郷土料理店を開くことを選んだ。開店当時は公共事業バブルがあって、東海北陸自動車道や境川ダムの工事関係者がよく来てくれたね。
──開業時からジビエを提供していたんですか?
四郎さん:そう。ただ、ハクビシンもそうだけど、変わった肉を出したところでほとんど注文は入らなかった。
お客さんもわからんもんは食べたくないもんだから、当時出たのは岩魚や山菜がほとんど。
──なぜ、熊肉は看板メニューになるほど人気に?
四郎さん:数年前にジビエブームが来て、たくさんの人が熊肉を頼むようになった。ブームで一気に人の流れも変わったな。年間熊3頭でも今は間に合わん。
──ジビエブームの影響でしたか! 大きな変化があったのですね。
四郎さん:何が一番大きく変わったかといったら、人の流れ。10年ほど前に高速(東海北陸自動車道)が全線開通すると、名古屋とか遠方のお客さんも来るようになった。
富山や金沢のお客さんと違って、遠くからのお客さんは観光スポットだけが目的じゃなくて、なにか美味しいものがあるか調べてくることが多いから、そこから一気にジビエが出るようになったな。
今は北陸新幹線も開業して、日本中からお客さんが来てる。
──海外からのお客さんも増えたそうですね。
四郎さん:香港のお客さんが名古屋空港からレンタカーで6、7時間かけて、ここまで来たことがあったね。
──香港からこんな山奥まで来るとは!
四郎さん:世界中を回っている人達にとっては、名古屋からレンタカーでここまで来るのにも、遠いという感覚がない。(中国国内の)離れた地方まで高価な熊肉を食べに行くのと比べれば、飛行機とレンタカーでここまで来るのはむしろ近いな。
「熊肉が入らなくなったから、俺がマタギになった」
──熊などの肉は地元の猟師から買い取っているんですか?
四郎さん:昔は近くに肉屋があってそこから入荷していた。ただ、そのうち熊肉が入ってこなくなってきたから、自分で猟をすることになった。
──自分で? 仲間と一緒に狩猟されているのですか?
四郎さん:ハンター仲間は土日に活動するから、俺とは時間が合わない。いつも一人で狩りをしている。
── いつもお一人なんですか! 一人だと熊を捌くのも大変ですよね?
四郎さん:大きい熊が獲れると重たいから大変。山から降りるまで2時間半はかかる。だから先に肉を捌いてから、数日かけて降ろす。
──ははぁ。狩猟する際のポリシーはありますか?
四郎さん:特に大きくて太った熊を狙う。年間で20頭獲ったこともあったがそこまでは需要がないから、今は年5~8頭程度で大きいのを狙っている。
それと、生態系の循環を考えて、子連れの熊は撃たない。
野菜も「生き物」である
──ジビエに対しては、殺生観や衛生面などから否定的な声もあります。四郎さんは「野生動物を狩猟して食べること」に対して、どのような信念を持っていますか?
四郎さん:生き物を殺して食べることを悪く見る人は多いけど、動物だけではなくて植物も生き物だ。牛も魚も熊もハクビシンも野菜も果物も、全部生き物。みんな生きているものを食して生きている。
日本人は食前に「いただきます」というが、それは本来「あなたの命をいただく」という意味で、動物も植物も問わない。だから生き物全てに敬意を払え!
──植物も生きているというのは見落としがちでした。
四郎さん:それは人間の勝手な価値観に過ぎないね。逆に言えば、そのまま食べられる野菜やフルーツと同じように、生きている姿の動物も食べ物だ。それなのに、動物を捌いてるところが嫌いな人が多い!
──確かに、生きている姿を見てしまうと……という人は多いです。
四郎さん:日本人はもともと肉を食べる文化がないからね。今は食べやすいように柔らかい肉が好まれるけど、そもそも肉は硬いもので、よく噛んで食べるから美味しいのではなかろうか。そのほうが顎も鍛えられる。
四郎さん:ヨーロッパから来たお客さんも言っていたが、向こうでは肉も野菜も「自然のものほど価値が高い」とされている。
熊やハクビシンも、人間が食べているもので育ったやつは臭くて不味いからよくわかる。
──細菌や腐食などに抵抗感があるという意見もありますが、どう思いますか?
四郎さん:自然の肉は硬いし、自然の野菜は細菌がよく付いている。どちらも少し時間が経ったら腐ってしまう。
ただ、細菌のないものや腐りにくいものばかり食べていたら、抵抗力を失ってしまい、後々体がおかしくなっていく。自然のものを食べるからこそ元気に生きていけるのではないか?
「平成35年」で閉店?
──ところで、座敷席の貼り紙に「平成35年で閉店」と書かれてますが……その理由は何ですか?
四郎さん:その年(2023年/令和5年)で俺が65歳になる。世間的には65歳で定年となっているから、そこをめどに店を閉めようと考えている。でも、そのときにならないと分からないね。やりたかったら続けると思う。
──もし「跡を継ぎたい」と申し出る人がいたら、どうします?
四郎さん:娘の夫には期待しているが、高千代は自分が好きにやって今がある。店というやつはその人の色が出るもんだ! 誰がやっても同じようにはできないね。
……もし俺の嫁がこの店をやったら、「スナック高千代」になってただろうな(笑)。
ハクビシン鍋を食べてみて
取材中、四郎さんは繰り返し「自然のものは何故かよくわからないけど良いものだ」と語っていた。
高千代のハクビシン鍋は地元五箇山産の食材を使用した、自然に恵まれた“五箇山づくし”の鍋だ。ハクビシンの肉から滲み出る草木の香りや甘みを味わうと、生きていた頃のハクビシンが何を食べていたのか頭によぎって、不思議な気持ちになってくる。牧場で育てられた食肉では味わうことができない感覚だ。
普段スーパーなどで売られている肉は、すでに赤身になり、生きていた姿が想像できないものになっている。肉類を食べる際、生きた姿を想像するのを忌避する人は多いが、ハクビシンの肉は生前に食べたものがフラッシュバックされ、植物の香りが味を引き立てている。
言葉にするのは難しいが、確かに「自然のものは良くわからないけど、何故かいい」。
※この記事の取材は2019年12月に行いました。
お店情報
味処 高千代
住所:富山県南砺市小原697-3
電話:0763-67-3118
営業時間:11:00~14:00、16:00~20:00
定休日:不定休
書いた人:シェフケンゴ
様々なジャンルで書いている富山県在住のライター。無類のサッカー好きで国内外のサッカー観戦のついでに観光・食事へ出かける。得意なジャンルはベルギーサッカーでKAAヘントのサポーター。Jリーグはカターレ富山サポーター。遠征先でスタグル巡りをしている。好きな料理はカレー、ムール貝のワイン蒸し、熊鍋など。
からの記事と詳細 ( 『ハクビシン』を食べたことがありますか? 富山の秘境で学んだ、生き物を食べることの意味 - メシ通 )
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