夏が過ぎて日は短くなり、涼しい日も増えてきました。バーベキューの雰囲気でもなくなり、たまにはしんみりサンマでも焼いて食べたくなります。筆者は魚焼き器を洗うのが面倒なのでフライパンにふたをして焼いています。
魚焼き器をベタベタにする魚の油は、健康食としてときどき話題になります。魚の油に含まれているDHA(ドコサヘキサエン酸)とかEPA(エイコサペンタエン酸)という物質の名前を聞いたことがあるでしょうか。こうした物質は1970年代ごろから医学の世界でもしばしば研究されています。
DHAやEPAは、「n-3脂肪酸」、別名「ω(オメガ)3脂肪酸」に分類されます。人体はオメガ3脂肪酸をほかの物質から合成することができないので、体内のオメガ3脂肪酸はもっぱら食べ物に由来します。
ではオメガ3脂肪酸を意識して、特に魚を意識して多く食べなければいけないかと言うと、かなりの疑問があります。
この連載は、医学知識を横目で見つつ、ちょっと不健康な生活を応援します。ちょっと不健康とはたとえば、魚が健康のために役立つかどうかに関係なく、魚が好きなら食べ、嫌いなら食べなければいいのではないか、ということです。
スーパーの魚売り場に行くと、魚を食べると頭がよくなる、という歌が聞こえてきます。筆者の記憶では、のちにCDとして発売されヒットしたこの歌は20年以上前から流れています。
この歌詞が本当なら、いまごろ日本人はもちろん、世界の人々の頭がよくなっていそうなものですが、そうは思えませんね。魚を食べるだけで頭がよくなるなんて甘い話はないのですが、この話はどこから来たのでしょうか。
第一に、DHAのようなオメガ3脂肪酸は食べなければ合成できないこと。そしてそれを前提に、オメガ3脂肪酸の健康効果を期待した無数の医学研究が背景にあります。
たとえば1970年代に、グリーンランドのエスキモーにはある種の心臓病が少ないことから、その理由はエスキモーがよく食べる魚に含まれるオメガ3脂肪酸ではないか、といった説が展開されました(*1)。
以後も数多く行われた研究では全体として、オメガ3脂肪酸により若干の健康効果の可能性はあるとされています。その内容は、心臓の病気をわずかに減らす可能性があり、脳卒中を防ぐ効果はなく、魚を食べることによる効果は証明されていない、というものです(*2)。
この結論に至るまでに、認知症にも関心が向けられました。結果としてはオメガ3脂肪酸で認知機能の低下は防げない(*3)という結論に落ち着いていくのですが、期待されていたからこそ検証の努力がなされたとも言えます。
その努力の中で、日本人は魚をよく食べるのでDHAの効果で知能指数が高くなっているという説をイギリスの学者が唱えました。その学者を日本に招いて開かれたシンポジウムがテレビで取り上げられ、たちまちDHAブームが広がった……という歴史を、元自民党職員が当事者の立場から語っています(*4)。
談を信じるなら、DHAシンポジウムには日本の漁業を振興するという明確な意図があり、そこでは学者の権威を借りる以上に科学的な関心はなかったようです。
まとめて言えば、「魚を食べると頭がよくなる」とか「魚を食べると体にいい」という考えは、学者のちょっと先走った期待と、漁業を振興したい思惑が結託して生まれた幻想だったのかもしれません。
しかし、この連載の立場は「ちょっと不健康」です。ちょっと不健康でもいいのだから、健康的だと思っていたものが実はそれほどでなかったとしても、べつにかまわないのです。なんでもかんでも医学的に100点満点の正解を目指さなければいけないとしたら、なんとも息苦しい世の中ではないでしょうか?
そんなわけで、筆者はあいかわらずフライパンをベタベタにしながらサンマを焼いています。
*1 医薬品インタビューフォーム
*2 Cochrane Database Syst Rev 2020:3;CD003177.
*3 Cochrane Database Syst Rev 2012:6;CD005379.
*4 https://sakisiru.jp/1153(大脇幸志郎)
からの記事と詳細 ( 魚を食べると頭がよくなる? 「幻想」が生まれた日本の事情とは - 朝日新聞デジタル )
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