長野県上高地
ここに生息するニホンザルが『生きた魚を捕まえて食べる瞬間』の撮影に大学やNHKなどのグループが世界で初めて成功した。
「サルが魚を捕まえた」というと、何だかほっこりするような話にも感じるかもしれないが、実は「サルの仲間が魚を捕って食べること」は極めてまれなこととされている。
少なくともニホンザルではこうした行動が確認されたことはなく、科学的な調査で明らかになった新事実なのだ。
この映像は2022年11月に国際的な科学誌にも掲載された。
新たに確認されたサルたちの行動。
その行動から見えてきたのは、極寒の地で生きるニホンザルたちが会得した独自の「サバイバル術」である可能性だった。
調査の現場を密着取材していたNHKの取材班が、世界に衝撃を与えたサルたちの行動の秘密や撮影の舞台裏を伝える。
「ダーウィンが来た!」の映像に世界が衝撃!
「ニホンザルが生きた魚を捕まえて食べている」。
その瞬間の映像を世界で初めて撮影したというニュースだった。
撮影したのは、生態学が専門の信州大学理学部の東城幸治教授やNHKの自然番組「ダーウィンが来た!」の撮影クルーなどのグループ。
「サルが魚を捕まえて食べる」という行動は極めてまれなことで、世界でもほとんど報告例がなかったという。
「本当にサルが捕ったのか?」
国内外の生態学者やサルの研究者が注目する中、その映像は、2022年7月24日の「ダーウィンが来た!」で放送され、その年の11月には、国際的な科学誌「Scientific Reports」にも掲載された。
始まりはイギリス人研究者の素朴な疑問だった
ある時、そのイギリス人研究者が「雪山にサルがいること自体が驚きだけど、こんなところでサルは何を食べて生きているんだい?」と尋ねてきたという。
東城教授が「川虫だよ」と答えると、かなり驚いた様子で「世界の生態学者は知っているのか?検索しても論文がない。論文にした方がいい」とアドバイスをくれたため、この研究が始まった。
東城教授は「論文にするなら、独自の視点で研究したい」と考え、まだ他の研究者が取り組んでいない「フン(サルのうんち)」のゲノム解析に着手した。フンに含まれるDNAの情報から何を食べているのかを調べるためだ。
2017年に遺伝子解析を始めると、やはり川虫のDNAの断片は出てきたが、同時に魚類も検出された。これはまったくの予想外だったという。
「まさか魚を食べているのか?」
サンプルの汚染などの実験ミスがないよう研究室を変えて解析しても、やはり魚のDNAが検出される。
冬の3シーズンで、サンプルが偏らないように1か月ごとに期間をあけたり、群れが重ならないようにしたりして「フン」を取っては遺伝子解析を行った。
再び魚のDNAが検出される。
「これは、、、やはり魚を食べている・・・!」
2021年、東城教授とイギリス人の研究者らは数年にわたる研究成果を論文として発表した。
専門家からは厳しい指摘も!
次第に1つの大きな疑問が沸いてきた。
「果たしてサルたちは、どうやって魚を捕まえているのか?」
一般的にサルは水が苦手とされている。ましてや冬の極寒の川にザブザブと入って泳ぐ魚を捕まえるなど、想像もできない。
でも、これほどまで魚のDNAが検出されているのであれば、生きて泳いでいる魚を捕まえている可能性が高いのではないか・・・?
だが、サルの研究者や霊長類学会といった専門家からの反応は厳しかったという。
「釣り人が捨てた魚や登山者の残飯などを拾っただけでは?」
「死んで打ち上がった魚を食べたのではないか?」
サルが魚を食べるという事自体が異例であったため、専門家からは「泳ぎまわる魚を捕まえているとまではにわかには信じがたい」という反応が多かった。
可能性はゼロではないものの「生きた魚を捕る」様子を直接確認した記録はこれまで一度もなかったからだ。
「サルはどうやって魚を確保しているのだろうか」
NHKの自然番組「ダーウィンが来た!」が東城教授にコンタクトしたのは、そんな頭の中の“モヤモヤ”が払しょくできず悩んでいた時だったという。
“出たとこ勝負”で挑んだ白銀の世界 ~番組ディレクターが語る撮影の舞台裏~
2021年12月、「ダーウィンが来た!」宛に短い手紙が寄せられた。
差出人は長野県在住の方で、東城教授たちの研究成果が掲載された地元の新聞記事が同封されていた。
手紙を受け取ったのが私、林浩介。
普段、「ダーウィンが来た!」の番組ディレクターをしている。
ここからは私が、上高地での取材体験をふまえて、撮影の舞台裏を振り返ってみたいと思う。
サルが本当に“生きた魚を捕まえている”のであれば、世界的な大発見に繋がる。
果たしてどれほど現実味のある話なのか、その可能性を見極めようと思った。
正直に言うとまだこの時は、“生きた魚を捕る”ことには懐疑的だった。
川の中を泳ぎ回る魚をサルが捕まえる姿など想像もできない・・・。
でも、東城教授の話を聞くなかで、過去3年分のフンのDNAデータがどうしても気になった。
「たまたま魚の死骸を食べた」にしては、魚のDNAの検出頻度が高すぎるような気がしたのだ。
もしかしたら、本当に生きた魚を捕まえているのかも・・・。
その日の夜に上司に相談し、2022年1月中旬から2週間の撮影が決まった。
標高は1500メートル、冬の最低気温はマイナス20度にもなる。
私たちは、まず足跡やフンを頼りにサルの群れを探すことにした。
ひとたび吹雪になれば、猛烈な寒さとともに視界は遮られ、捜索は困難になる。
天候を気にかけながら、カメラや三脚など、10キロ以上にもなる機材を背負って、雪原をひたすらに進んだ。
サルを見つけたら、見失わないように日が暮れるまで追跡。
ねぐらに入るのを確認してから、私たちも宿に戻る。
そして翌朝、サルがねぐらを出る前に現場に到着し、追跡を開始するのが日課になった。日を追うごとにだんだんと行動範囲が明らかになり、追跡にも慣れてきた。
しかしいくら観察しても、一向に魚を捕る気配はなかった・・・。
魚はどこにいる?自分の“勘”を信じて
しかし、川に入ったサルたちは浅瀬で川虫や水草を食べているだけで、いくら待っても魚を捕獲する場面には遭遇しなかった。
試しに水の中に目をやると、肝心の魚の姿が見当たらない。
水辺ならどこにでも魚がいるわけではなかったのだ。
このまま闇雲にサルを追跡しても、時間だけ浪費してしまう。
もし魚捕りが得意なサルがいれば、魚の密度が高い場所にきっと現れるはずだ。残された時間で、“サルが生きた魚を捕る”様子を撮影するためには、広大なフィールドの中で、魚影の濃い場所を見つける必要があった。
しかし、上高地には本流の梓川以外にも、小さな支流が網の目のように流れている。いったいどこに魚がいるのか、無数にある川や沢を1つ1つ回らなければならない。
しかも、相手は警戒心の強い渓流魚。うかつに近づけば、すぐに岩陰に隠れてしまい、姿を見つけるのは困難になる。
私は今でも休日には必ず釣りに出かけるほどの大の釣り好きで、趣味が高じて大学院まで魚の生態を研究していた。手前みそではあるが、相手に気づかれない距離からいち早く魚を見つけたり、地図上や川の見た目から居場所を推測したりするのには自信があった。
自分もサルになったつもりで、魚影の濃い場所をひたすら探して場所を絞り込んでいった。
そして魚の多い場所にありったけのカメラを仕掛け、カメラマンと先回りして、サルの群れが来るのを待ち伏せすることにした。
「ソワソワ」から「一瞬」 スクープ映像の撮影に成功!
撮影を始めてから7日目、梓川の本流でサルの群れを待っていた時のことだ。
対岸には、いかにも魚が隠れていそうな浅瀬。
すると、川辺にやってきた1頭のサルがソワソワし始めたのだ。ときおり岩の上で仁王立ちのような姿勢をとり、周囲を見渡しては、水音を立てないように、そ~っと岩をどかしている。明らかにこれまで見てきたサルの仕草とは違っていた。
「川虫を探す感じじゃない」
「何かを目で追っている」
連日サルを撮影し続けていたカメラマンも違和感を感じ取っていた。
そして次の瞬間。サルが急にあわただしく動き出した。
「何かやってる!魚だ!」
サルの足元の岩の隙間からキラリと銀色に光る見覚えのある流線型が姿を見せた。
まちがいない。
「魚」だ!
逃げ惑う魚を必死につかもうと、目の前でサルが奮闘している!
「いけ!・・・、あ、とった!」
「やったぞ!」
パシャッと水面を手で押さえこむサル。跳ねる魚を両手でがっしりとつかみ、そのまま頭からむしゃむしゃとむさぼり始めた。
すぐに映像を確認すると、、、
バッチリだ!完ぺきに撮影できている。
研究グループの1人、竹中さんが駆け寄ってきた。
頑張ってよかった・・・。
本当に魚を捕っているのかさえ分からないまま始まった今回の撮影。プレッシャーは相当なものだった。
だからこそ、撮影できた時の達成感はこの上もないもの。かじかんだ手で竹中さんとガッチリと固い握手を交わしたことを今でも覚えている。
両手で捕まえたり、中には片手だけで捕まえたりするなど、慣れた手つきのサルも確認することができた。
結果、少なくとも3つの群れのニホンザルが魚を捕まえて食べている様子を14回撮影することに成功した。
「魚を捕る」は上高地の環境が生んだサバイバル術?
では、なぜ上高地のサルたちは、この異例ともいえる行動を起こすようになったのか。
上高地のニホンザルは、世界でも最も寒い地域に生息するサルのグループで、周囲に標高3000メートル級の山々がそびえる厳しい寒さの中で暮らしている。
東城教授は、厳しい冬を越すためのエネルギー源として、栄養価が高い魚を食べるためにこうした行動を取るようになったと考えている。
上高地以外のニホンザルの集団では、魚を捕食するような行動は知られていない。
東城教授は、上高地の環境が魚を捕るという行動に影響を与えた可能性を指摘する。
「背景には上高地ならではの独特の地形や条件などが関係していると思っています。上高地は平らな地形になっていて、そこを流れる梓川の流れもゆるい。蛇行している上に網目状に分かれているため流れも小さく、冬場は雨も少なくなるため温かい湧き水の割合が多くなります。サルにとっては『流れがゆるくて浅くて暖かくてイワナのような魚がいる』という状況ができる。そうした中で、最初は水草を食べていたが、水草などに付着していた川虫も食べるようになって、さらに魚も捕まえるようになったと、こうした条件が揃うことで、行動が段階的に進化していったのだと思います」(東城幸治 教授)
魚を捕るという行動は、彼らが厳しい環境を生き抜いていくために、目の前の環境を利用した独自の「サバイバル術」とも言えるのだ。
残された“謎”に向けて研究は続く
一方で、魚にまったく興味を示さないサルもいて、上高地のすべてのサルが魚を捕るわけではないようだ。なぜ同じ上高地のサルでも、魚を捕るサルとそうでないサルがいるのか。
その理由はまだ明らかになっていない。
「同じグループのサルの中でも足元で魚がはねる音がしても関心を示さない個体もいるのです。魚を捕まえることができる個体とそうでない個体もいます。だから、今後は個体を識別して、その理由をサルを追跡することで明らかにしていく研究を予定しています。今準備を進めていて、少なくともオスは半数の個体識別が、メスも特徴がある個体が識別できています。血縁関係を調べながら親も魚を捕ることが上手なのか、そういう家系や遺伝的な要因、または見様見真似で覚えるような文化的な伝承があるのかどうかも含めて興味がありますし、それを調べることで上高地のサルの行動の謎を明らかにしていきたいです」(東城幸治 教授)
「ダーウィンが来た!」も引き続き、上高地のサルの行動の謎を研究グループとともに追いかけていく予定だ。
「ダーウィンが来た!」のホームページにも“ウラ話”がたくさんあります。
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からの記事と詳細 ( 世界に衝撃!“魚を捕って食べるサル”の決定的瞬間とその舞台裏|NHK - nhk.or.jp )
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