Monday, May 13, 2024

食べることの意義 幸せ感じて心身健やか 高崎健康福祉大教授 木村典代(高崎市) - 株式会社 上毛新聞社

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 先日、ある若者のショッキングな映像を目にした。その若者にとって食事は無駄な時間であり、少しでも時間を節約するために「完全食」なるものだけで生活しているのだと語っていた。

 完全食とは、健康に必要な栄養素を全て含んだ食品のことだ。言われてみれば、最近ではドラッグストアだけでなく、スーパーやコンビニでも栄養補助剤(サプリメント)や完全食の名の付いた商品を目にすることが増えた。

 数十年前の日本では考えられない光景だが、忙しい現代人にとっては、その手軽さがマッチしたのだろう。ちなみにその若者は、粉を溶かしたドロドロの状態の完全食だけを摂取して何年も生活しているそうだが、体調は良好だと話していた。

 食に対する価値観は多様化している。人々の食生活も多様化した現代において、サプリメントや完全食を中心とした食事を取る人が今後も増える可能性は高いと思われる。

 ただ、このような精製食品による食生活を「完全」と称することに疑問を感じる。これらの食品には、たとえ必要となるエネルギーや栄養素が含まれていたとしても、本当の意味で完全とは言えないからだ。

 食は、栄養素の補給以外にも身体の機能的な維持や強化を担っている。例えば、食べ物をかむという行為によって顎の力や顔の筋肉が鍛えられるし、唾液の分泌も促進される。また、さまざまな食材を摂取することで消化・吸収機能は維持・強化される。しかし、流体や錠剤だけの食生活を送ったり、食事を無駄と考えてその回数を減らしたりすれば、これらの機能は次第に衰えてしまうだろう。

 そして何よりも、食事をする楽しみが減少してしまうのではないだろうか。

 10年以上前、私の母は大腸がんが見つかり、その摘出手術を受けることになった。手術後、母の鎖骨近くには中心静脈栄養のための留置針が埋め込まれており、その姿が痛々しく見えたことを覚えている。

 母は私の顔を見るなり、「つらい」と漏らした。さぞや傷口が痛むのだろうと思い、「痛むよね? つらいよね」と共感したつもりだったが、あっさりと否定された。「何がそんなにつらいの?」と再度尋ねると、「食べたいのに食べられないことがつらい。食べられないことがこんなにつらいとは思わなかった」と、ポロポロと涙をこぼして泣いた。

 点滴で必要なエネルギーや栄養素を補給できるのであれば、食事の時間を無駄だと考えている人にとっては、最適な方法なのかもしれない。しかし、普段は娘の前で泣くことのなかった母の涙を見て、人は食事を通じて幸せを感じ、心身の健康を保つことができるのだということを改めて強く実感したのである。

 【略歴】スポーツ栄養学と栄養教育が専門。2009年から現職。日本卓球協会スポーツ医科学委員として選手をサポート。共立女子大大学院修了。埼玉県朝霞市出身。

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