コオロギを食べると体内に導電性のある物質が生成され、人体がデバイス化し、5G電磁波で心身が操られるといった陰謀論などが拡散。一部では、反昆虫食デモも行なわれている
将来の食糧危機問題に対する解決策のひとつとして注目される昆虫食。だが、コオロギパウダー入り食品を開発・販売する企業や、試験的に給食で提供した学校が今、誹謗中傷や陰謀論の嵐にさらされている。昆虫食に限らず、SDGsは陰謀論者のターゲットになりがちだという。その理由は何か?(この記事は、3月20日発売の『週刊プレイボーイ』14号に掲載したものです。)
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■コオロギ食陰謀論が河野太郎氏にも飛び火
「世界中で意図的にタンパク質不足を作り出し、昆虫食に誘導しているのがSDGsの正体だ!」
なんのこっちゃ?と思うかもしれないが、陰謀論界隈では今、「コオロギ食陰謀論」が大量発生中だ。
その矛先を向けられているひとつが、昆虫食に取り組むスタートアップ企業と共同でコオロギパウダー入りのパンやお菓子を開発し、「Korogi Cafe(コオロギ・カフェ)」シリーズを展開している敷島製パンだ。
Pasco(パスコ)のブランドで知られる同社がコオロギパウダー入りのバゲットやフィナンシェを通販限定で発売したのは2020年12月のこと。当初は発売開始から2日で完売するなど好評で、多くのメディアに取り上げられていたが、今年に入ってから突如、ネットやSNSで大炎上した。
「ほかの商品にもコオロギパウダーが混入している」といった事実無根の誹謗中傷や、不買運動を呼びかける声が上がり、さらには「敷島製パンは昆虫食を広めようとするディープステート(世界を支配する闇の勢力)の手先だ」といった荒唐無稽なデマにさらされているのだ。
また、これは陰謀論とは言えないかもしれないが、徳島の県立高校の食物科で昨年11月と今年2月、「食糧問題や環境問題を考えるきっかけに」と、県内のベンチャー企業から提供されたコオロギパウダーを使った一品を給食で希望者に限り試食として提供。すると、「一般の給食でコオロギを食べさせた」という誤解が広がり、「子供に虫を食べさせるな」といったクレーム電話が殺到したという。
なぜ、コオロギ食へのバッシングや陰謀論がこれほど燃え盛っているのか? 陰謀論や悪徳商法などに詳しいライターの雨宮純氏は言う。
「以前から一部のコアな陰謀論者の間では『反コオロギ食感情』が共有されていましたが、現在は数百万人のフォロワーを持つインフルエンサーも言及するようになり、これまで陰謀論とは無縁だった一般層にまで波及しています。陰謀論者にとっては、まさに新型コロナ以来のビッグウエーブ到来といえるでしょう。
コオロギ食陰謀論はまったくの荒唐無稽なものから、情報の一部だけを切り取ったフェイクニュースに近いものまで、内容はさまざまです」
具体的に、どのような陰謀論が広がっているのか?
「コオロギを食べると体内に酸化グラフェンという導電性を持つ物質が生成され、人間の体が電池やアンテナのようになって、5Gの電磁波で操られるというものです。
これは『コロナワクチン陰謀論』の派生型ともいえます。以前から陰謀論界隈には、『コロナワクチンにはマイクロチップが入っていて、接種すると闇の勢力に5G電磁波で操られる』などと主張している人たちがいました。
それが発展して、『ワクチンだけでは酸化グラフェンが足りないので、今度はコオロギを食べさせようとしている』となったわけですが、そもそもコロナワクチンにもコオロギにも酸化グラフェンは含まれていません」
陰謀論者はなんでも闇の勢力に結びつけたがるのね。
「『レプティリアン陰謀論』と結びついたものもあります。これはレプティリアン=爬虫類型宇宙人が地球を支配しようとしているという陰謀論ですが、『爬虫類は昆虫を食べるので、レプティリアンがコオロギ食を人類に広めようとしているのだ』という理屈。
ちょっと考えれば、爬虫類が昆虫を食べるからって、支配される側の人類にまで虫を食べさせる必要などないと思うのですが」
コオロギ食陰謀論は、河野太郎デジタル担当大臣にまで飛び火している。
「河野氏は菅内閣のワクチン接種推進担当大臣だったことから、反ワクチン系の陰謀論者に嫌われていましたが、今回、反コオロギムーブメントが拡大する中で、昨年2月に徳島でコオロギ食を試食していたニュースが掘り返され、『やはり政府は闇の勢力の手先となって、コオロギ食を広めようとしていたんだ』という話になっています。
ちなみに河野氏を巡っては、『タローズ・ピザゲート陰謀論』というのもありました」
んっ?「タローズ・ピザゲート陰謀論」って何?
「昨年秋に千葉で地震があったのですが、『実は東京ディズニーランドの地下には闇の勢力とつながった河野太郎のピザ工場があり、そこが光の勢力に爆破されたから地震が起きた』という陰謀論です。
アメリカには『ピザ屋の地下が人身売買を行なうディープステートの拠点』という陰謀論があるのですが、それがいつの間にか『ピザ屋=悪』になり、さらに『ディズニーランドの地下に河野太郎のピザ工場がある』って、完全に意味不明なんですけど(苦笑)」
ちなみに、イナゴは昔から食べられているけど、なぜイナゴはよくてコオロギはダメなの?
「イナゴは光の勢力、コオロギは闇の勢力に属し、イナゴは草食性だけどコオロギは雑食だからダメなんだという理屈です(笑)」
■SDGsには18番目の目標もある!?
あまりにも荒唐無稽な陰謀論は論外としても、「虫なんか食いたくねーよ」というのはごく普通の感覚だろう。
しかし、2050年には世界の人口が90億人に達するとされ、貧しい国々を中心に深刻な食糧難に陥ることが危惧されている。食糧危機の解決策のひとつとして昆虫食の研究は各国で進んでおり、国連の食糧農業機関(FAO)も昆虫を新たな栄養源として検討すべきだと指摘。
昆虫の多くは高タンパクで低脂肪、カルシウム、鉄分、ミネラル、ビタミン、不飽和脂肪酸などを備えた「健康食」といわれている。
こうした昆虫食の研究・開発は人口増加による世界的な食糧難という「未来の課題」を解決する手段のひとつとして行なわれているだけであって、「今すぐ虫を食べろ」という話ではないはずだ。
しかし、それがなぜ陰謀論者のみならず一般の人々を巻き込む形で、反コオロギ食感情の高まりにつながっているのか?
雨宮氏は「メディアの責任もある」と指摘する。
「今回のコオロギ食以前から、メディアは持続可能な社会を実現するというSDGsの美しい話に飛びつき、『バズる話題』として無批判に紹介し続けてきました。多くの人が抱く昆虫食への生理的な嫌悪感に加え、『意識高い系のリベラルな価値観やSDGsの押しつけ』に対する反感もその下地にあったと思います」
「サステナブル疲れ」ともいえる空気が醸成されてきたタイミングで、不運にもコオロギ食が炎上の憂き目に遭ったということか。
「そこに、前述したコロナワクチン陰謀論や三浦春馬陰謀論(俳優・三浦春馬さんの死は自殺ではなく真相はほかにあるとする説)など、さまざまな陰謀論者が参入したことで、空前のコオロギ食陰謀論ブームにつながったのだと思います」
現在、酪農家を窮地に追い込んでいる牛乳廃棄問題も、反コオロギ食感情に火をつけた。コロナ禍による乳製品の消費低迷を受けて生産抑制が行なわれているが、牛の搾乳は止められないため大量の生乳が廃棄されている。
「陰謀論界隈のみならず、著名なインフルエンサーたちが『コオロギ食わせるくらいなら牛乳守れ!』との主張に賛同したことで、反コオロギ食感情はさらに高まりました。しかし、牛乳廃棄は現在の問題で、コオロギ食は将来の課題の話ですから、このふたつは同列に語るべきではないはずです。
また、『コオロギ食の研究に政府が6兆円の補助金を出している』という事実無根のデマもあります。こうした説は、『表向きはSDGsを推進している政府やグローバル企業が、実は人々に昆虫を食べさせながら巨大な利権を独占しようとしている』という陰謀論へと発展しています」
雨宮氏が続ける。
「SDGsにまつわる陰謀論は党派性を問わないという特徴もあります。右派からすれば『意識高いリベラルがきれいごとを言っていて許せない』となり、一方の左派は前述のように『グローバル企業が持続可能性を訴えながら、それをビジネスの種にしている』と憤る。コオロギ食陰謀論はその典型だといえるかもしれません」
SDGs関連の陰謀論はほかにもこんなものがある。
「SDGsは17の目標を掲げていますが、目標14『海の豊かさを守ろう』と目標15『陸の豊かさを守ろう』に秘められた本当のメッセージは、『代替食をありがたく食べなさい』という意味であるという陰謀論があります。
実は18番目の目標もあり、それは『生まれる権利と死ぬ権利』を定めているとされています。近い将来、遺伝子を操作されたデザイナーベイビーがつくられて、不完全な胎児は捨てられるから『生まれる権利』が必要になってくるのだと。
また、医療技術の進歩により100歳まではざらに生きられるようになるので、『死ぬ権利』も必要だとされます。死を選択した人の肉体はカプセルに詰められ、樹木の下に埋められて緑化に貢献する。死後も精神はデジタル技術によりクラウド化され、そのバーチャル空間を用意するのはAmazonということになっています」
やっぱりそこでもグローバル企業の利権が絡むわけね!
■SDGs陰謀論はウソとも言い切れない
一方、実際に「持続可能な社会」の実現を目指して地道な努力を重ねている人たちは、SDGs陰謀論をどう感じているのか?
長年にわたり、市民運動の立場から環境問題や人権、貧困・格差の問題、行きすぎたグローバリズムの問題などに取り組んできたNPO「アジア太平洋資料センター」共同代表の内田聖子(しょうこ)氏はこう語る。
「ある時期からSDGsについて発信すると、『おまえはSDGsを認めるのか?』といった批判がSNSなどで寄せられるようになりました」
しかし、そうした反感の背景には単なる陰謀論とも言い切れない、SDGs推進側の問題もあると指摘する。
「『大富豪が資金力で国連を裏で牛耳っている』とか、『多国籍企業がカネの力でSDGsのアジェンダを乗っ取っている』といった説はあながちウソではありません。
実際に地球温暖化について話し合うCOPのスポンサーにグローバル企業のコカ・コーラがつくといった、ブラックジョークみたいな現実もあります。
途上国からラジカルな問題提起が上がっても、先進国側にとって都合の悪いものは力の論理で排除される。ある意味、SDGsは強い者が決めてきたキャンペーンだというのは事実で、その結果、表面的なスローガンに終わっている面は否めません」
それが特に顕著なのがSDGsの目標10だという。「人や国の不平等をなくそう」と定めているが、経済のグローバル化で誰が得をして、誰が損をしたかという分配の話にまったく触れていない。これはSDGsの根本的な欠陥を象徴しており、途上国側は冷ややかに見ていると内田氏は言う。
「一方、日本はこういった国際的なキャンペーンがどういう力関係で動いているのか理解していないので、経団連の偉い人たちは喜んでSDGsのバッジを着けている。政府などから助成金を受けられるプログラムがあるので、『SDGs推進でお金が回せる』という、安っぽい商業主義が広がっています。
そうしたSDGsの欺瞞的な部分が透けて見えてくる一方で、具体的な問題が紹介されないまま、いきなり目標だけが示されて、『アフリカで起きている問題はあなたの問題でもある』などと言われても、自分とアフリカのつながりが可視化されないので反発だけが残ってしまうことになる。
それがSDGsに関する根も葉もない陰謀論を生み、本当の意味で『持続可能な社会』を実現しようと努力している人たちの足を引っ張っているのは残念です。SDGsはまったく不完全ですが、国際社会が長年にわたり培ってきた成果ではあるので、持ち上げるのではなく、使えるものは使うくらいのスタンスで向き合えばいいと思います」
それにしても、人間の都合で食用にされた上に、陰謀論のネタにされたコオロギも気の毒だが、今後、この陰謀論はどこまで広がりを見せるのか? その「持続可能性」にも注目だ。
取材・文/川喜田 研 イラスト/服部元信
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