韓国ソウルで先週土曜日の28日に起きた大規模なデモ。検察庁前に集まった多くの市民は「政治検察アウト」「検察改革」などの声を上げた。このデモをどう捉えるか、デモの様子と韓国内の視点をまとめた。
なお、検察改革とチョ・グク氏の一連の騒動の関連については、以下の記事が詳しいので参考されたい。
韓国「最強」検察に疑念の目…チョ・グク氏騒動に潜む韓国の'宿題'
https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20190905-00141385/
●「朴槿恵キャンドルデモ以来、最大」…実数は?
この日のデモはソウル南部の瑞草(ソチョ)区の瑞草駅一帯で行われた。付近には大検察庁(検察庁に相当)、大法院(最高裁判所)、ソウル中央地検などが並ぶ「法曹タウン」を貫く大通りを、多くの市民が埋めた。
この記事を書くにあたり、まずこの日の参加者について触れなければならない。主催した『検察改革司法積弊壟断汎国民市民連帯』は、デモ参加者を「150~200万人」と推算した。200万という破格の数字はすぐにSNSで拡散され、メディアも記事の見出しに積極的に使うことで、一気に市民権を得た。
だが、瑞草区長を務めた第一野党・自由韓国党の議員はこれに反駁。北朝鮮の軍事パレードなどの写真と共に「実数は5万人ほど」と主張した。またこの日、隣のブロックでお祭りが行われていたことから、数字が錯綜した。
筆者はこの日のデモの現場に足を運んだが、参加者の実数は延べで20万から30万人の間と見る。根拠はいくつかある。
約3年前の2016年12月3日、ソウル中心部の光化門で毎週行われていた当時の朴槿恵(パク・クネ)大統領退陣を求めるキャンドルデモが、最高潮に達した。この時の参加者を当時の主催者側の市民団体は「ソウル170万人、全国で232万人」と発表した。
筆者はこの時を含め、3年前に約半年続き、参加者が100万、190万(同)と増えていった全てのキャンドルデモに足を運んだが、当時と今回のデモを比べると体感的に150万には到底及ばない。
光化門には大きな広場があり、周辺1キロ四方が路地まで全て市民で埋まっていた。上記の地図にあるように、今回のデモの範囲はそれよりも大分少ない。2枚の同縮尺の地図を比べればすぐに分かる。
なお、警察は3年前から大規模デモの場合、「少なく見積もりすぎる」という批判を避けるために推定参加者数を公表していない。今回も同様だ。筆者と同じような経験を持つ人は韓国内にいくらでもいるはずだが、数字の見方が大きく割れる点が、今の韓国の状況を表しているといえる。
なお、韓国紙『中央日報』が30日に報じたところによると、ソウル交通公社は「28日午後2時から深夜0時まで瑞草駅と教大駅で下車した市民は10万2229人」と発表したとのことだ。
●デモの様子
とはいえ、十万規模の市民が路上に繰り出しシュプレヒコールを上げる姿は圧巻だ。筆者はこの日、午後6時の開始時刻直前に現場に到着したのだが、メインといえる大検察庁前から数百メートル離れた瑞草駅十字路で足止めとなった。すでに通りは人で埋め尽くされていた。
元々、今回のデモは3年前のキャンドルデモのように、有名どころの市民団体による連合体が組織したものではなかった。日本の「輸出管理措置」に反発するオンラインコミュニティが中心となっていたため、大規模なステージなどもなく(場所が狭いという問題もあった)、自発的な参加者が多かった。
このため、テレビニュースに出たような市民が一斉にプラカードを掲げ、コールをするのは検察庁前の中心の一部で、筆者がいた場所ではコールが散発的に起きる状況だった。あちこちでコールが自発的に始まり、それが幾層にも重なる様子はまさに市民の運動といった感があった。
この日、筆者が耳にしたシュプレヒコールは以下のようなものになる。簡単な解説もつける。
・政治検察は引っ込め:検察改革を嫌がる検察が政治に介入している様子を批判している。文政権の足を引っ張りたい保守野党勢力と手を結んでいるように見える点も関連している。
・高捜処(コンスチョ、高位公職者非理捜査処)を設置せよ:高位公職者の不正腐敗を捜査する部署を新設すること。判事・検事が対象に含まれることや、検察以外に捜査権を持つ部署が誕生することから検察が反発していると捉える人々がいる。
・自韓党(自由韓国党)を捜査せよ:4月の国会占拠の際に違法行為をはたらいたとされる最大野党・自由韓国党議員が捜査に応じていない点を指摘したもの。チョ国と同じ強度で野党議員も捜査しろという声。
・検察改革、チョ国守護:文字通りチョ法務部長官を守り、検察改革を貫徹させようという声。
・私たちがチョグク(祖国とチョ国は同じ発音)だ:上記と同様の意。
・尹錫悦(ユン・ソンヨル、検察総長)は辞めろ:捜査の指揮を取る検察総長の罷免を求める声。
・自由韓国党は解体しろ:韓国の保守政権をながく担ってきた最大野党の自由韓国党と、旧弊である強い検察を同一視する立場から出た声。
筆者が現場に立っていた2時間のあいだ、一度も途切れずシュプレヒコールは続いた。参加者は老若男女だが、与党支持層と見られる40代、50代が全体的な割合として多かった印象だ。
また、子連れ夫婦や若者カップルの姿もあったし、「一杯飲んできた」と気勢を上げる年配女性の一団もあった。筆者の周囲では皆、必死さの傍らで笑顔や笑いも起きており、お祭りのような明るい雰囲気もあった。
●参加者たちに聞く
この日、筆者は数組の市民に声をかけ、話を聞いた。いくつか引用してみる。
家族でデモに訪れたソウル在住のユン・ウォンテさん(47歳)は、「検察前のデモの存在は知っていたが、参加したのはこの日が初めて」と答えた。9月16日に小規模で始まった瑞草洞前のデモは、この日で通算7度目だった。
参加のきっかけについては「政治的な偏向性と言論(メディア)権力の問題がある。私設ファンド・娘の表彰状偽造の問題における個人のプライバシーの暴露などがその例だ。検察とメディアがどんどんゴールポストを動かしていると感じる」と答えた。
また、光化門ではなく法曹タウンの瑞草で行う意味については「光化門は青瓦台に近いという意味合いがある。瑞草は検察と法院がある街なので、司法部を戒めるということだ」と述べた。
デモに多くの市民が詰めかけた様子については「民主的な市民が覚醒していると思い、心強かった。検察改革を諦めていないし、メディアに惑わされてもいない」と目を細める一方、「どこまでやるのか」という質問には「制度的な、不可逆的な検察改革を行うまでデモに参加する」と力を込めた。
この日のデモには知人と連れあって参加する市民の姿が目立った。京畿道から来た金融関係の仕事につくキム・スンハン(53歳)さんは、デモに参加した理由について「検察が(チョ長官一家を)捜査する姿が、大事でない内容で人を極限状況にまで残酷に追いやる姿に見える。これは検察の姿ではなく権力の姿だ。国家の基本であり国家の存在理由に合わない。検察はまともではない。この問題は今や根本的な問題にまで発展した」と主張した。
検察の問題について尋ねると「最近(23日)の11時間に及ぶ(チョ長官自宅への)強制捜査や、被疑事実をメディアに事前に公表する事などがある。特に自宅の強制捜査では怒りがこみ上げて来た。今日来た人の多くはこれがきっかけになったのでは」と述べた。
他方、デモの印象については、「朴槿恵の国政壟断の時(3年前)と似ている。人波に押されるほどだ。ここに来た人々は危険水位を超えた検察の残忍さに『公憤』を抱いているということだろう。今日ここに来て、同じ考えの人がたくさんいることが分かった。韓国は生きている」と語った。
また、一連の事態の「落としどころ」については「高捜処の設置など、検察改革までたどり着きたいが、検察の反抗により力比べとなっている。検察は圧力をかけるのではなく自重して、裁判に移行するようにするべきだ。そうなれば状況は必然的に整理されるだろう」と見通した。
この2人に代表されるように、参加者の事態への理解度は非常に高く、焦点となっている検察改革の具体的な内容も熟知している様子だった。
別の参加者であるキム・シヒョンさん(47歳)は「検察は(チョ長官の)家族と関連して、できることはなんでもしている印象だ。検察がひどいと思い、市民の力を軽んじていると感じた。やりたい放題させておきたくないのでデモに来た」と語り、「今後もデモに参加する」とした。
また、筆者が日本語メディアだと分かると「実は今日、『NO安倍』のデモがあったが、この問題の方が急だと思い、こちらのデモにきた。だが忘れた訳ではないので、必ず『NO安倍』のことを書いてほしい」と笑った。
最後に紹介するのは京畿道から訪れたキム・ボンギさん(47歳)だ。ウェブ関係の仕事をしているキムさんは「キーワードは『公憤』」と語り、「検察の重箱の隅をつつくような捜査に対して、オンラインコミュニティでは『市民の力を見せる必要がある』という声が高かった」と背景を明かした。自身は「市民の一人として力を足しにきただけ」と控えめに語った。
さらに検察改革については「検察は『無所不為(できないことがないという意)』の権力として韓国で君臨してきた。検察は選出された職ではないのに、大きな権力を振るいプライドも高い。いつかは改革されなければならない」とする一方、「今日のデモを通じて何かが急進的に変わるとは思わない。今後も検察改革の道は険しいだろうが、一歩前にいけたのではないかと見る」と慎重に見立てた。
また、デモについて「デモを通じて安全事故の知らせが無かった点は誇らしい。富裕層が多く保守的とされる江南地域で今日のようなデモが起きたのは初めてだ。住民たちも驚いたのでは」と評価した。
●割れる韓国社会の評価
冒頭に述べたような参加者数の解釈を筆頭に、韓国社会の見方は真っ二つに割れている。
与党・共に民主党の広報局は29日の書面ブリーフィングで「統制されない無所不為の権力の暴走を見過ごせない国民が立ち上がった。(中略)国民の峻厳な自省と改革の要求を気にしない検察は、今や改革の主体ではなく対象に過ぎない。民主国家が権力を分散し、相互に牽制すべき理由はたが『国民』のためのもの」とし、今回のデモを歓迎し「改革の使命を果たす」と利用する姿勢を見せた。
一方の最大野党・自由韓国党は「参加者数5万」という会見の傍らで事態の重要性を訴える論評を出した。29日に同党スポークスマンは「韓国が二つに分かれた。昨日の検察庁の前は怒りで分裂した国民の間で行われた戦争だった。それは歴代有数の不正と非理の集合体であることが明らかになったチョ・グクによるもの」と主張した。
実は28日の検察庁前では、チョ長官の罷免を求めるデモも小規模ながら存在した。同党はまた、「9月9日の(チョ長官)任命と9月27日のメッセージがなければ解決することだった」と述べた。
青瓦台の報道官は27日、文在寅大統領による一連のチョ長官の事態に関するコメントを発表した。この中で文大統領は「検察がすべき事は検察に任せつつ、国政は国政として正常に運営いくように」と述べつつ、「検察が何ら干渉も受けずにあらゆる検察の力量を傾け厳正に捜査しているにもかかわらず、検察改革を要求する声が高まる現実を検察は省察するように」と注文した。
さらに、「検察改革は高捜処設置や(検察・警察)捜査権調整のような法・制度的な改革だけでなく、検察権の行使の方式と捜査慣例などの改革が共に成し遂げられるべき」とし、「人権を重視する検察権の行使が何よりも重要だ」と言及した。
自由韓国党はこの発言を「扇動」と見なしているということだ。
なお、同様の視点は同じ保守政党の第二野党・正しい未来党も保持している。29日の論評で文大統領の発言について「大統領が国民の分裂に油を注いでいる。大統領は国民を統合するべきなのに、逆に分裂を助長し惹起させ、統治の動力としている」と批判した。
なお、28日のデモを受け検察庁は「尹錫悦検察総長の立場」として「検察改革のための国民の意志と国会の決定を検察は忠実に受け止め、その実現のために最善を尽くす」とのコメントを発表した。
●どう見るか
長々と見てきたが、今回のデモを「文在寅・チョ国長官支持層の結集」と見るか、「検察改革を求める国民的な運動」と捉えるのかの判断は容易ではない。参加者は3年前のデモとオーバーラップさせ、さらにそうさせたい願望を持っている。一方では「単なるデモ」と切り捨てる声もある。SNSを見渡すと、文字通り解釈が割れ、あちこちで激烈な議論となっている。
これについて韓国政治に詳しい李官厚(イ・グァヌ)慶南発展院研究員は30日、筆者との書面インタビューの中で、「28日のデモは支持層の結集と見られる。朴大統領当時とは異なる。当時は朴大統領を支持するごく一部の層を除いた、あらゆる層が連帯した。今回のデモは大統領選挙で文大統領に投票した支持層中心のデモで、だからこそ強度が高いが、広く拡散する可能性は高くない」と見立てた。
さらに、「一方で権力機構である検察に対する国民的な反感はとても強い。今は中道層が両否論(検察とチョ長官双方を批判する立場)に立っていると見る。前回の大統領選の支持率から見ると、今回のデモについて3~40%の強い支持、3~40%の両否論、2~30%の強い反対に分けられるのではないか」と続けた。
そして今後の見通しについては「この様相は今後、偶発的な状況により変動するかもしれない。特に中道層がどちらに動くかという部分がある」と分析した。
こうした状況を背に、韓国メディアでは今週を「天王山」と捉える向きがある。チョ長官夫人の召喚、私設ファンドを管理した親戚の起訴などがあると見られる一方、3日の休日には保守派の大きなデモが、5日には「300万人」を合言葉に検察改革デモが予定されている。
そんな中、30日にふたたび文大統領は「すべての公権力は国民の前に謙遜しなければならない。特に権力機関であるほど、より強い民主的統制を受けるべき」とし、「検察改革を要求する国民の声に対し、検察はもちろん法務部と大統領も謙虚に受け止め足りない部分を反省すべき」と述べた。
さらに「検察改革を要求する国民の声に耳を傾け、検察内部の若い検事や女性検事たち。刑事部と公判部の検事など多様な意見を集め国民から信頼される権力機関になるような方案を早急に作るよう」、「検察総長に指示」するとした。
このように韓国の検察改革は大規模デモをテコとし、チョ長官周辺への捜査と並行する不安定な形のまま、前進の兆しを見せている。
筆者が最も印象深かったのは、デモに参加したある知人が述べた「チョ氏の去就には関心がない。最も重要な課題は検察改革で、チョ氏はその引火材に過ぎない」という言葉だ。完全な正しさの追求とはまた異なる、闘いとしてのデモであり、政治であるということだ。(了)
2019-09-30 06:25:00Z
https://news.yahoo.co.jp/byline/seodaegyo/20190930-00144769/
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